Newsletter
日本のホテルデザイン再考:柔軟性・文化・感性の融合
2025-10-28 11:34
Hospitality Japan Conference
Hotel Design Summit Asia
Hospitality Asia
東京
――日本のホテルデザイナーたちは、ゲストの期待の変化に合わせて空間を進化させつつ、頻繁な改修を最小限に抑える設計のあり方を再考している。ホテルデザインサミットでは、登壇者たちが、将来を見据えた持続性の高いホテルづくりを実現するための実践例を共有し、コスト効率と顧客志向を両立させたデザイン手法を紹介した。ポストコロナ時代に観光需要が急速に回復する中で、創造性と長期的な運営の安定性をどのように両立させるかが主要なテーマとなった。
ゲストの期待に応える
日本のホテルデザイナーたちは、旅行者の行動変化に合わせて客室やレイアウトを再設計しつつ、ラグジュアリー感を損なわない方法を模索している。市場が従来の標準的な客室構成を超えて進化する中で、開発事業者や建築家たちは、贅沢さを感じさせながらも柔軟に変化へ対応できる空間づくりを追求している。
「私たちのプロジェクトで最も課題が多いのは客室です」と語るのは、株式会社ヨシモトアソシエイツ代表であり、今回のディスカッションを司会した吉本大志氏だ。「1フロアあたりの客室数は限られており、スイートルームやコネクティングルームでもありません。大家族が荷物と一緒に一部屋で過ごしたいというニーズは高いのですが、私たちはアパートを造りたいわけではありません。たとえ2名利用であっても、贅沢さを感じられる空間をつくりたいのです。」
吉本氏は、日本のインバウンド観光が急増する以前、中国やフィリピンからの大家族旅行者が一部屋で宿泊する傾向が強かったと指摘する。こうした旅行スタイルの変化が、デザイナーたちに空間配分を見直す契機を与えた。
「二段ベッドの導入や新しい客室タイプの開発など、より多くの人が宿泊でき、かつ上質さを損なわない方法を模索しています。目指しているのは、合理的なアパートのような部屋ではなく、異なる形でラグジュアリーを体現する、広く心地よい空間です。」と吉本氏は説明する。
乃村工藝社 デザインディレクターの松浦竜太郎氏は、長期的な価値を生むには、節度と意図をもった設計が重要だと語る。「日本人であるということは、その場所でしか体験できない何かを創造することです。それは特定の形やモチーフの話ではなく、不要なものを削ぎ落とし、バランスを見出すという姿勢のことです。その考え方で設計すれば、自然と“日本らしさ”がにじみ出てきます。」
さらに松浦氏は、多くの開発事業者が現在、デザイン面と投資面の両方で柔軟性を高める方向に舵を切っていると述べた。「現在は、23〜25畳ほどの広く贅沢な客室を計画するケースが増えています。パンデミック以降は再開発が活発化していますが、新築ホテルは減少傾向です。建設コストが高騰する中で、より賢く取り組む必要があります。実証実験を行い、客室単価を引き上げ、既存資産のリブランド化に注力することが求められています。」
ディアデザイン株式会社 代表取締役の片山健氏は、日本人と海外旅行者の双方を意識したデザインには、象徴ではなく繊細さが必要だと指摘する。「クライアントから『もっと日本的な雰囲気を出してほしい』と依頼されることはあります。しかし、それは畳や格子を使うという意味ではありません。自然に日本らしさを感じられる空間づくりこそが重要なのです。」
日建設計 総支配人の加古登郁氏は、海外デザイナーとの協働が新たな可能性と課題の両方をもたらすと述べた。「外国人デザイナーが関わると、プロジェクトの成果はまったく変わります。彼らは私たちが想像しないような素材や発想を持ち込み、驚かされることが多いのです。ただし、彼らのコンセプトを日本の建築基準に適合させるには時間がかかり、プロセスも複雑になります。一方で、日本人デザイナーはコスト管理、調整、ディテール面に非常に優れています。たとえ外資系ブランドのホテルであっても、日本で建てるホテルは日本人デザイナーが設計すべきだと考えています。これが今後の重要な潮流になるでしょう。」
加古登氏は、海外デザイン事務所との競争がますます激しくなっていることにも触れた。「今では国内ブランドやレジデンスでも、海外デザイナーが関わるケースが増えています。時には日本のブランドが外資系ホテルグループに吸収されることもあり、残念に思うこともあります。しかし、私たち日本人デザイナーは、日本でしか体験できない空間を創り、日本の文化や風景を表現する努力を続けなければなりません。地域の力を強化し、日本のデザイン人材を育成し続けることが重要です。」
パンデミック後、観光業が再び活発化する中で、デザイナーたちは市場の変化に合わせて進化できる、意味のある持続的な空間づくりに取り組んでいる。「予算には常に制約があります」と松浦氏は締めくくった。「だからこそ、どこに投資し、何を簡略化するかという優先順位を見極める力が、今のデザイナーにとって最も重要なスキルなのです。」
デザインで体験を創り出す
ホテルの設計とは、単に構造や表層をつくることではなく、ゲストがその空間の中でどのように感じ、どのような「見えない精神(スピリット)」を共有するかを形にする営みである。中山麻青氏をモデレーターに迎えたセッション「空間の魂」では、ストリックランド代表取締役の赤尾洋平氏、マリオット・インターナショナルのクノップ聡子氏、そしてニセコのSHIGUCHIを手がけるショーヤ・グリッグ氏の3名が登壇し、日本独自のホスピタリティの精神をいかにデザインで具現化するかについて語り合った。
赤尾氏にとって、デザインの本質は「感情」にある。最近手がけたパティーナ大阪のプロジェクトを振り返り、「都市にはそれぞれ固有のリズムとエネルギーがあります。単にモデルをコピー&ペーストするのではなく、『大阪にはどのようなパティーナがふさわしいのか』を考えなければなりません」と述べた。大阪という都市の活気から着想を得て、彼とチームは水、木、そして大阪城の幾何学的な形をデザインの要素として取り入れ、26階建ての建物全体にそのエッセンスを反映させたという。「人々がホテルに入ったとき、ゲストもスタッフも、そして総支配人も自然に誇りを感じ、笑顔になれるような空間でありたい。その瞬間こそ、建物に魂が宿るのです。」
クノップ氏もその考えに共感を示し、ホテルの「魂」は人が入って初めて息づくと語った。「ホテル開発には長い年月がかかります。4年、6年、時には7年。しかし実際にゲストが宿泊し始めたその瞬間から、建物の中に魂が宿り始めるのです。」さらに彼女は、グローバルブランドであっても「土地の本質」を失ってはならないと強調する。「地域性がなければ、すべてのホテルが同じに見えてしまいます。私たちは常に『この場所でしか体験できないことは何か』を問い続けています。」
一方、北海道の自然に囲まれて長年創作を続けてきたアーティストのショーヤ・グリッグ氏は、芸術的視点から独自の見解を示した。「デザイナーはクライアントや予算と向き合いますが、アーティストは妥協しません。SHIGUCHIでは、森に囲まれた数百年前の古民家を再生しました。その素材にはすでに魂が宿っており、そこにデザインを“加える”必要はありません。過剰にデザインすれば、その魂を窒息させてしまう危険があるのです。」グリッグ氏にとって、本当の深みを決めるのは「贅沢さ」ではなく「意味」である。「人々が求めているのは、もはやラグジュアリーではありません。意味なのです。意味とは魂であり、時間が場所に与える“見えない価値”なのです。」
最終的に、三人のデザイナーは共通して、体験を創り出すことは美的な完成度を超えるものであると語った。赤尾氏は次のようにまとめた。「私たちは、アート、快適性、機能性のバランスを取ることを常に意識しています。芸術的でありながら生活できる空間――その均衡こそが、ホテルに命を吹き込むのです。」
今後の展望
日本のホスピタリティ業界が進化を続ける中、「第5回日本ホテル業界カンファレンス(#HJC2026)」は、2026年10月7日・8日に東京で再び開催される。業界のリーダー、投資家、そしてイノベーターたちが一堂に会し、日本のホテル、観光、開発分野における未来志向の対話の場としての役割を引き続き担っていく。
次回の開催では、投資の強靱性、柔軟なデザイン、そして日本の観光回復の次なる段階に焦点を当て、議論をさらに深める予定である。地域活性化、人材の持続可能性、異業種連携といったテーマにも新たに光を当て、日本ならではの地域性を守りながら、業界全体の競争力をいかに高めていくかを探求していく。
ホテル投資サミット、ホテルデザインサミット、ホテル収益サミットを通じて、ホスピタリティ・アジアは今後も「創造性」「文化的真正性」「事業成果」が交差する日本のホスピタリティの未来を形づくる対話をリードしていく。
#HJC2026の詳細については、今後の続報をぜひご期待ください。
詳細は以下のウェブサイトをご覧ください:
https://hospitality-japan.com/ /https://www.hospitalityjapanconference.com/
お問い合わせ先:delegate@hospitality-asia.com
Hospitality Japan Conference